東北大学 虹色みとこんブログ
東北大学生のセクシュアルマイノリティの当事者、また、自分のセクシュアリティについて考えている者が、交流できる場を創出すること目的としたサークル、虹色みとこんのブログです。

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虹色みとこん

Author:虹色みとこん
虹色みとこんは東北大学生のセクマイ当事者を対象とした、セクシャルマイノリティ―サークルです。
連絡先:rb_mitocon@yahoo.co.jp
ツイッター:@rb_mitocon



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sexual orientation

「性的指向」というらしい。
選択的ニュアンスの「志向」や個人の好みを表す「嗜好」ではなく。
そういったものは生まれつきのものなのだから、と。

だが僕は思う。
生まれつきじゃなくてもいいじゃないか。
様々な経験から影響を受けることもあるだろう。
自ら選び取ることもあるだろう。
僕はそうやって歩んできて、ここへ至ったのだ。
少なくともそう信じている。

そもそも他者への想いに偽物も本物もない。
確かに周りに言われて「間違いだった」と気づくときもある。
だがそれも結局は自ら判断していることだ。
おのずと惹かれる部分が存在する一方、
自分の意思で選び取る部分もあると思う。
相手に惹かれる気持ちがあり、
それを認めてはじめて想いは成立するのだから。

対象の傾向に関し生まれつきを前提とすることは、
ある種の偏見を排斥するのには役立つだろう。
長年「病気」とされてきた歴史は確かにある。
しかし、その対処は新たな偏見を生むことにつながるかもしれない。
この想いの傾向が「性的指向」であるべきとされるなら、
きっと僕のこれは「偽物」なのだろう。

普及している言葉にはおそらく何らかの意味や思いがある。
僕はそれを尊重しない訳ではないし、批判している訳でもない。
ただ、それをそういうこととして確定し、思考を停止するべきではないと思うのだ。
それこそ、マジョリティを前提とする流れに甘んじるようなものだ。

僕は自らの人生の中で様々な影響を受け、考え、そしてここに至った。
そこには自身の選択も大きく関わっているだろう。
「本物」でなくても構わない。
僕は自分の sexual orientation を誇りに思う。
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